失われた時を求めて

読書に始まる自伝的ブログ

『地面師』(森功、2022)

少し前からNetflixで話題のドラマがありますが、誰もが知る大企業が何故騙されたのか、その背景に皆興味があるのでしょう。

積水ハウスの事件に加え、その詐欺集団が裏で暗躍していた数々の事件の背景を、著者が調べ上げており、法律や人間心理の隙を突いた緻密な計画に空恐ろしくなります。私は不動産の仕事をしているので勉強にもなるし面白く読めますが、不動産取引をしたことない人には難解な内容でもあるように感じます。有名になった五反田・海喜館事件以外にも、アパホテルNTT都市開発などの名だたる企業も被害にあっているが、あまりメディアでは大ごとになっていないことも驚きました。不動産の取引は、実物が動くというより、完全に法律上・書類上で取引が成立するので、所有者がずっと不在の土地や海外所有者の土地取引の不正を見抜くのは本当に難しいなと勉強になりました。

そういえばドラマの方でハリソン山中(豊川悦司)は、年代物のウイスキーを飲みながら拓海(綾野剛)にこんなことを言っていました。

知恵が文明を創り出し、生物界の頂点に君臨させ、こんなひどい世界を作り上げた。その最たる愚行が土地を所有したがるということです。

不動産業に携わるものではありますが、私もある一面その点には同意します。幸せな暮らしや子孫に迷惑をかけたくない、或いは人より優越したい・名声を得たい、様々な思惑で不動産を所有したり買ったり売ったり、人は様々な気持ちで不動産取引をするものです。しかし高額な取引の中で、次第に当初の気持ちは捨象され、本質でない面で揉めるのです。一族の幸せのために買った土地で子供たちが争いを起こしたり、名声のために所有した土地で贅の限りを尽くし固定資産税を払えなくなって追い出されたり、そんなシーンをいっぱい見てきました。

私はドラマで言うと山本耕史みたいな仕事をしています。やっぱり同僚も同業者もほぼみんな"土地を奪い合う戦争"に加担しているのですが、私はこのしょうもない"戦争"にどうすれば加担せずに済むかだけを考えています。結局、売主様のエンドユーザー・地権者さんは、気持ちの問題が根っこにあるのに、"戦争"加担者の不動産屋が自分たちの資本主義的な価値観でだけ語るから、地権者さん側も染まっていくのです。エモーショナルなスイッチを押さないで、論理の世界・お金の話の引っ張り合いだけに終止するから"戦争"になるのです。一方で会社の説得は簡単で、実は不動産会社は物件を買い続けないと倒産する弱い立場です。上場してればなおさらで、倒産はしないかもしれないけど、ドラマのように社長派・会長派みたいにくだらない争いをしており、前年の売り上げを下回って株価が下がると役員だけ苦しむのです。そこに漬け込んで、論理を用いて感情に訴える形で焚き付ければ、簡単に説得はできます。役員たちは末端営業マンである私たちを詰めてはきますが、私たちは目の前の地権者さんが最終的に悩みを解消できればいいわけで、この案件で会社の数字を作らないといけないという筋は全くないわけです。

本当にお金と名声によって人は本質を見失うし、それを助長するのが不動産や会社組織という仕組みです。

昔大学の頃に先生から、教わったことを思い出しました。

人文学を学んだからといって社会で役立つことはほぼない。ただ君たちが社会に出て、情報の海に投げ込まれ溺れてしまいそうになったときに、過去の多くの知の巨人の肩に乗っかって少し高い視座から見直すことで、少しでも何かの助けになると思う

みんなが生きやすい世の中であるよう、私なりの"戦争"を戦い続けていこうと思います。