失われた時を求めて

読書に始まる自伝的ブログ

『世界はいつまで食べていけるのか――人類史から読み解く食糧問題――』(パーツラフシュミエル、栗木さつき訳、2025)

タイトルで思わず手にとってしまった本です。

内容はタイトルの通りですが、商品紹介を下記に引用します。

地球環境を守りながら、97億人を養うことはできるのか? ファクトで考える食の未来
米・小麦・牛・豚・鶏――我々はなぜ限られた種類の糧に頼るのか?
地球環境を守りながら、世界97億人を養うことはできるのか?
「飢餓と食の常識を覆す。思考が一変する一冊」 ― ビル・ゲイツ

なぜ、1人あたり1,000キロカロリーもの食料が毎日無駄にされているのか?人口が爆発的に増えるなか、どうすれば地球を壊さずに人類が食べていけるのか?知の巨人シュミルがこれまでの知見を総動員。そのテーマが「食料」であるのは、私たちの生存の根幹であると同時に、エネルギーなどほかの分野と比べても衝撃的なレベルで非効率が目立つからだ。本書では、歴史を踏まえながら、気候変動や人口増加という難題に直面する食料供給の未来を検証。私たちがいかに食の基本を誤解しているかを明らかにし、私たちの身体は何を必要としているのか、そしてそれが環境にどんな影響を与えているのかを、ファクトから誇張なしに描き出す。

私は昔からこの問題が気になりすぎています。小学生の頃に授業でアル・ゴアの『不都合な真実』を見せられてから、社会が持続可能かというか、人間はおしまいなんじゃないかという疑いが常に付きまとっていて、未だに答えが見つかりません。

本書は人類史の視点で様々な角度から「食糧問題」に切り込みますが、印象に残ったのは下記の議論です。

1点目は狩猟社会についてです。

私があまり知らないままというかなんとなくのあこがれがあった「狩猟時代の人間賛美」論で否定してくれました。ジャレド・ダイアモンドは「農業は人類史上最大の過ち」といったそうで、私も著者の作品は過去に多く読んだのでその影響かもしれないです。結論はシンプルですが、狩猟では多くの人をカロリーベースで養うことは不可能で、多くの人がいなければ文明は発展しないというものです。狩猟採集社会を成立させるには、マンモスや海獣類など、脂質が多い生き物を獲らねばならない。ただそういった個体は成長が遅く増えにくい。シカやウサギ・ネズミなど、個体数が増えやすい動物は、脂質が少なく十分なカロリーを得られず、多くの個体を仕留めねばならないから現実的に厳しい。

その議論は興味深く、私の「シカなんて増えすぎてるし、獲って食べればいいじゃん」というなんとなくの思いつきを消してくれるものでした。

同様に魚も同じ問題があるそうで、穀物ベースの餌だけで育つコイなどはカロリーベースの収量では効率が悪い。反対にカロリーベースの収量が高いマグロやサケを育てるには、穀物ベースの餌だけではだめで、イワシなどの脂質を混ぜ込んだ餌を与えないと効率よく育たないそうで、イメージとのギャップがありました。

2つめに関心がむいたのは、光合成の効率についてです。実は光合成は、効率が悪い反応で、太陽光のエネルギーのほとんどを変換できていないということです。可食部に絞ると、小麦0.27%、コメ0.25%、ジャガイモ0.6%、サトウキビ1.2%です。可視光線の一部しか用いることができない点や、呼吸が必要な点等が影響するそうです。中学生のとき、下記の本を読んで衝撃で、「いかに有機物を、食べられる・エネルギーに変換できるような形にするか」という当たり前といえば当たり前ですが、炭素史観的な考え方を知りました。

昔読んだだけでうろ覚えですが、今回の読書ではその知識がより正確になった気がします。

また下記の家畜の肉1㎏を増やすのに必要なトウモロコシの量は下記だそうです。

ウシ 12㎏(1910年は10㎏)…可食部40%

ブタ 6.6㎏(1910年は5㎏)…可食部55%

トリ 1.6㎏(1925年は5.5㎏)…可食部60%

私はこの話を知っていたのもあって、「安いし環境のためになるべく鶏肉を選択する」という思想がありました。ただ鶏は、人間も食べられるトウモロコシを餌をするが、牛は人間が消化できない草から育つことを忘れてました。ただし早く大量の肉を得るためにはウシにもトウモロコシを与えます。結局のところ著者の主張は、太陽光のエネルギー変換する効率を考えると、どちらも同様に悪いというものでした。

その後、代替肉や生産力の増強などの様々な技術などの議論にも行きますが、結論としてはエネルギー効率は生命を相手にする以上限界があるため、フードロスや輸送・加工コストなどの人間がコントロール可能なものに目を向けようという話でした。

2100年までヒトは増え続けるし、食糧も足りないし、元となる水も化学肥料も足りなそうで、さらに温暖化もあるし、私はずっとこの世界が持続可能な気がしません。まあそんなことを言っても生きていかないといけないし、ヒトたちの生や社会は続くので、なんとかしないといけない。そんな薄いことを思うのです。そういえばそもそも、ダイエットする(=カロリーを意図的に消費する)必要があるくらい太っているなら、自分が食べる量を減らすことがSDGsにつながる気がします。「足るを知る」がSDGsの最適解なのかもしれないです。