失われた時を求めて

読書に始まる自伝的ブログ

『「ぴえん」という病』(佐々木チワワ、2021)

新宿歌舞伎町、TOHOシネマズ横を通称"トー横"と呼ぶそうですが、昨今そんな"トー横"で誘拐や暴行、悲惨な殺人事件をニュースで耳にする機会が増えました。そんなこんなでちょっと気になっているさなかにKindleのセールで販売してるのを目にして手に取りました。

 

著者は大学生で、15歳から歌舞伎町に通っていたそうです。そんな彼女が歌舞伎町のスタンダードを解説し、出会った人について書くエッセイのような書でした。

 

歌舞伎町関係の事件には興味を持っていて、そのきっかけとなるのは、2019年の歌舞伎町のホスト刺傷事件です。犯行現場の血だらけの美女がたばこを吸っている様子が、インターネット上で写真が出回っていた記憶です。

本書でもそこは触れられていて、女性側のインタビューが引用されていました。

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「悲劇のヒロインになりたくて、美しくてはかないものになりたくて、何があって何がなかったことなのかわからない。(中略)虚言癖で嘘か本当かわからなくなって、大好きな人ができて、どうしたら私以外を見なくなるのか、殺せばいいと思いました。」

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私も三島由紀夫に影響されていた中二病男子でありましたし、結果的にホストの被害者男性も元気に生存していますし、この事件にどこか理解できるような気持ちもあって、この件についてもっと知りたいなという興味がありました。

 

全然整理はされていなくて、これから先はすごい雑なメモで、私が感じた違和感やこれから考えたいことの記録に近いものになりますので、ご了承ください。

この事件から思い出すのは、三島の『金閣寺』でした。『金閣寺』は、美しさとコンプレックスとが主人公を突き動かす原理として根本にあって、その衝動をぶつけて、世界を変えるのは認識か行為かといった対立で進んでいきます。そして最後は、世界を変えるのは行為であると結論付け、美しい金閣寺に火をつけます。

令和元年の歌舞伎町のホスト刺傷事件と、『金閣寺』の元ネタの昭和25年の金閣寺放火事件を比較すると、令和の事件はどこか現代風だなと感じます。『金閣寺』の主人公は世間からの疎外感からあのような思想を形成していきましたが、今回のホスト刺傷事件は、アナタとワタシという2人の関係性の中で世界が完結している気がするのです。少し前の平成の頃は、アナタとワタシの行動が世界に大いなる影響を与える、いわゆる"セカイ系"という言葉が流行りましたが、令和の事件はそれとはまた違った感性な気がします。

私も気持ちとしては共感するのですが、やはりこの感情の人が沢山居たら世界は上手く回らないしと思うのです。特定の誰かに愛されて、死を以て完結したいというのは、歪んだというか未熟な感情で、卒業してなんとか自立するのは絶対に必要だと思います。自立した人間同士が依存して相互に依存して、助け合って世界は上手く動くのかなと考えるのです。

 

カール・マルクスになりたかった私は、理論で平和な世界を創ろうという志を持っていましたが、いまは放棄して、身の回りの人には生きやすくハッピーな世界であって欲しいと願って、慎ましく生きてます。

疲れたときは、キャバクラの若い女の子に青臭い夢を語ったり、酔いつぶれておっぱぶの女の子の胸で夢に落ちたり。若き日の思い出や夢は、歌舞伎町という都内の非日常空間に溶けて消えてゆくのです。