失われた時を求めて

読書に始まる自伝的ブログ

『暗闇のトンネル』(川崎栄子、2021)

最近は社会人人生で一番忙しいくらい忙しくて、海の日の週末も半日くらいは仕事をしていますが、ここ3週間くらいで久しぶりにスキマができて情緒のスイッチが入り、ブログを書く気分になりました。

私はYoutubeの街録chが好きですが、そこで脱北者の川崎栄子さんのお話を聞きました。川崎さんは日本に生まれ、”地上の楽園”と喧伝された北朝鮮への帰国事業に参加し高校生のころに北朝鮮へ渡りました。そこでの苦難の43年を経て、いまは日本に戻り、脱北者の支援や政治的な活動をされています。

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私自身が最近は仕事をしすぎて情緒を言語化する能力が退化しているのでうまく書き表せないですが、とにかく川崎さんの発する言葉のエネルギーがすごくて、Youtubeの言葉も書籍の言葉も、私のどこかを刺激して、生理反応としての涙を流させました。

ときに、なぜ脱北したのかと聞かれることがある。 家族を皆、北朝鮮に置いてくることは、恐怖ではなかったかと聞かれたこともある。 恐怖でないはずがあろうか。誰が好き好んで、愛する家族と離れる道を選ぶだろう。

私は、自分のために脱北したのではない。むしろ、私は北朝鮮の国民と帰国者のために働こうと決意して、43年間必死に働いた。同じ帰国者や北朝鮮の人たちから「川崎さん、どうしてそんなに働くのか」といつも不思議がられていた。社会主義国である北朝鮮では、働いたからといっても、もらえる収入が増えるわけではない。それでも私は朝から晩まで働き、持てるものは全て北朝鮮に捧げ続けてきた。

その私が北朝鮮を離れようと決めたのは、この国の惨状を外に伝えるためである。愛する家族を北朝鮮に残してでも、北朝鮮を出なければならなかったのだ。

道理や倫理がるうようする国ではない。北朝鮮では、皆、豊かになりたいから金を稼ぐのではなく、死にたくないから金を稼ぐのだ。人に情けをかけたり正しいことをしたりという、人間として本来あるべき誇り高い生きかたをする段階にはない。この国のほとんどの人は、生きるか死ぬか、その瀬戸際に常に立たされていた。

私が昔カールマルクスになりたかったときの気持ち、そんな気持ちと似たピュアな世間に対する疑問、世間の機能不全について全力でぶつかっていく気持ちを80にもなって燃やし続け、行動し続ける魅力に心打たれたのかもしれないです。そして愛の深さ、家族愛に心打たれるのだと思います。

※街録ch

三谷「川崎さんが残りの人生をかけてやりたいことは何ですか?」

川崎「北朝鮮民主化。それが成ったら韓半島の統一。そうすれば21世紀の平和は守られると思うから。そのために私はまず近い将来に北朝鮮の独裁政治を終わらせること。」

……中略……

三谷「願わくば、韓国と北朝鮮が統一されて息子さんたちに会える訳ですもんね?」

川崎「そうそのため。私はもちろん北朝鮮を早く終わらせて、韓半島を統一成して、世界の地球規模の平和を保障する。それが公の目的であることは確か。でも私個人としては一日も早く、韓半島北朝鮮を終わらせて、自分の子供たちと孫たちに再会しないといけない。私は生きて彼らの会おうと決心しているから。一日も早く北朝鮮を終わらせるためには、どんなことでもする。」

……中略……

川崎「だから私はかれらに会うまでは絶対に死ねない。死なない。」

そんな川崎さんの言葉を聞いて、私自身が人生を通して成さねばならないことって何なんだろうなと、もう一度向き合いたいなと思う週末でした。私のようなタイプは生きにくいタイプの人間で、刹那的な快楽や楽しさ或いは合理的な選択で生きることもできるのですが、ときに長期的な人生の軸がないまま生きるのは情報社会・人間社会の海に溺れてしんどいなという気持ちになるのです。最近は仕事が忙しく、ヒリヒリする場面が多く楽しいんですが、一方で「そもそも何がしたかったんだっけ?」みたいなことを整理したい感情が強くなっています。7月末で仕事は決着がつく予定なので、お盆は青春18きっぷで遠くに行って、色々考えようかなと思う週末でした。