失われた時を求めて

読書に始まる自伝的ブログ

『マスク』(菊池寛、1920)

先月の半ば頃にひとに勧めてもらった本であって手に付けないでいたのですが、最近私が流行りのコロナに罹患しまして、床に伏して苦しんでいるさなかにたまたまそのもらったレジュメが目につき、手にとった次第です。

 

1920年の世でのマスクや感染症に関する感覚というものを小説から追うという講義で取り上げられていたらしいですが、まさにコロナに対して抱く各人の認識のずれに対して切り込むような内容であったように思います。

www.aozora.gr.jp

今日はそんな私のコロナ体験日記を残しておこうかなと思うのです。

 

2022/10/27(木)

私はに症状を発症しました。症状は喉が痛いいくらいで、四半期に一度くらい風邪をひき年に2度38℃超の熱を出す私なので、いつもの風邪だろうと思っておりました。いまはコロナか否かを確定させないと怖い世の中ですし検査を受けようと思う気持ちと、風邪をひいたくらいで休むのもなという葛藤があり、間を取って朝イチ誰もいない時間に出社してPCを持ち帰り、直行という形で検査を受けることにしました。結果として抗原検査は陰性でした。大事をとって明日ちゃんと再検査してくれという会社判断もでたので、半ば罪悪感と休める嬉しさで家に着きました。しかし夜に向けて体調がどんどん悪化し、体温は38.5℃で意識も朦朧とし、ひどい寒気のなかでダウンを着込んで早くに眠りにつきました。夜もうだる暑さで起きたと思いきや、また眠ると今度はひどい寒気で目覚めるという状況でした。

 

2022/10/28(金)

ひどい寝つきで最後に朝の5時頃に水を飲んで寝た記憶がありましたが、8時頃に起床すると比較的体調は良好で熱は36.5℃近くでした。おなかも空いており、昔買い込んだオートミールプロテインを水で混ぜて飲みました。またヤクルトがどうしても飲みたく、買い置きの残り9本中3本も飲んでしまいました。普段は一日一本しか飲まないのですが。

会社のオンライン会議にも出て、だらだらしながら午後一の発熱外来の予約をとりました。小康状態を保っていた私の体でしたが、11時頃から急激に悪化し、熱は38.5℃で寒気がひどくなる状況でした。

寒い日だなという認識だったのでダウンを羽織って病院に向かいました。そこで驚いたのは、他の人は平気でシャツ一枚で歩いており、半そで短パンの人もおりました。そこで私の寒気が異常なものというか、気候からくるものではなく体調の悪さのみに起因するものであるという事実に気付かされたのです。その後半ば予想はしていましたが、コロナが陽性であることが確定しました。

その日はその後ずっと体調が悪く、寒すぎて布団から出られないくらいでした。食事も珍しく全然食べる気がしないですし、特に調理が無理すぎる状況だったので、チョコレート味のプロテインとヤクルトを飲んで寝ました。そうすると夜中に少し回復して目覚める瞬間があったので、袋ラーメンにわかめと乾燥しいたけを大量にいれて摂取しました。喉が痛すぎて辛かったですが、生き返った気持ちがしました。

 

2022/10/29(土)

今日も朝は熱が下がり、比較的体調は良いスタートでした。絶対また体調が悪くなるという確信があったので、ごはんを食べて洗濯をし、汗の染みこんだ布団を干すことを実行しました。そしてメールで届いていた配色サービスに申し込みました。そしてコロナであることを心配してくれる人たちからのメッセージに感動しながら返しつつ過ごしておりました。

予感は的中し、12時頃から体調が悪化しました。今回は寒気というより、全身のけだるさというか筋肉痛がひどい状況でした。針治療を受けている真っ最中のような鈍痛が全身を支配し、特に肩と首回りが痛い状況でした。コロナの期間でFP1級の勉強か何かしようと思っていたのですが、とてもじゃないけどそんな気持ちにならなくて、どうぶつの森を久しぶりに起動してずっとやっていました。彼らは久しぶりの私を歓迎してくれているようで、新しくアップデートされた魚や虫を大量に捕獲していました。

そして夕方になりました。昨日の夕方よりはましであるものの、それなりの辛さは継続しておりました。一方で「このまま一日を終えてはならない」という使命感が湧き出てまいりまして、こうしてPCの前についてブログを書いたり、会社のメールを返したり、不用品をメルカリに出品(翌週発送で)したりするわけです。すると今日は松戸市の花火大会で、江戸川に近い私は花火の音に励まされながらなんとか椅子に座っているのです。

ヤクルトの在庫の尽きた明日はどうやって乗り越えようと思いながら眠りにつくのです。